インタビューライター、やまりょうのこれまでとこれから

 

はじめまして。インタビューライターのやまりょうです。
ご訪問ありがとうございます。

ここでは、これまでの人生をざっくりと振り返りながら、ぼくがどういう人間なのかお話ししています。

「興味無いです!」って感じだとは思うんですが(笑)
もしあなたがぼくに興味を持ちここに来てくれたとしたら、とっても嬉しいです。

良かったら、ぼくがこれまでどんな人生を送ってきたか、一緒にご覧ください。

簡単なプロフィール

やまりょう

1996年12月6日生まれ。本名は山口遼大(ヤマグチリョウタ)。

埼玉大学経済学部に所属する大学3年生で、2017年10月~2018年10月まで休学中。

“新しい時代の生き方を考える”をテーマとした個人ブログ「Ad-Libi」を運営し、「好きを仕事にする」ことに対するハードルを下げるための情報を発信。起業家やフリーランスのリアルに迫る取材活動を行う。また、ライターとして外部メディアでの記事執筆も担当している。

 

幼少期はとにかく内向的な性格だった

もうほとんど記憶も曖昧な幼少期。覚えている限りではかなり内向的な性格だったと記憶しています。

人見知りで、親戚にも中々心を開かないような性格でした。外へ出るのもあまり好きではなく、家でおもちゃをいじっているような子供だったかな。

幼稚園時代で特に印象的なのが、長期間の入院。

みんなが楽しみにする行事である、遠足の前日、まさかの肺炎に(笑)
苦しみながら、車で運ばれていくときのことを微かに覚えています。

この長期間の入院って、結構自分の性格に影響を与えたと思っていて。
入院中は退屈で、頭の中で色んなことを考えた気がします。こうした考える癖っていうのはこの時期に少し培われたのかなって。

小学校もとにかくインドアでした。ゲームが大好きで。
友達とも基本的にゲームをして遊ぶことが多く、家にかなりの人数が集まったり。軽くゲームセンターのような状態でした(笑)

案の定電気代がかさみ、親に叱られることもよくありました。その節はご迷惑をおかけしました。すいません。

 

転機は中学時代。内から外への変化

中学校に入ってちょっとした転機が訪れました。それが生徒会に入ったこと。

入学時のテストでいい成績を取ったことから、生徒会に推薦されることに。

今までの自分からすると、人前に立つことも多い生徒会は考えられない選択。
半ば押し切られるような形で生徒会へ入ることに(笑)

しかし、これが意外とハマってしまって。最終的には生徒会長にまで昇り詰めました。
ここから、人前に立つことも好きになりました。

内向的と外向的な性格のハイブリッドが誕生した瞬間でした。

 

高校時代はとにかくバンド。何かに打ち込むことの素晴らしさを知る

中学時代を経て、「目立ちたい」という思いが自分の中で存在感を増すようになりました。

そして高校で選んだ部活が軽音楽部。

ギターを買うものの、全くの初心者。右も左も分からない状態でした。
そんな感じでしたが、3年間練習して、700名ぐらいの全校生徒の前で演奏出来るぐらいにはなりました。

結構自分は飽き性なところがあるんですが、ギターは続いたんですよね。今もたまに弾いてます。

それまで、何かに打ち込むことってほとんど無かったんです。

「試行錯誤して改善していく」という考え方は、高校時代に培われたかもしれません。

「なぜできないのか」
「どうすれば良くなるのか」

こうした問いかけを自分の中で自然に行うようになりました。
これは、ギターの練習に限らず色々な場面で役立っています。

 

大学時代のある授業をきっかけに、「新しい時代の働き方」に思いを巡らすようになる

埼玉大学の経済学部に入学後、当初は、高校時代のメンバーとバンド活動を続けていました。
ただ、それぞれ環境が変わったことで、解散することに。よくある話ですよね。

バンドが無くなったとき、目的を失った自分がいました。
再びバンドに真剣に向き合うほどの熱量もなく、ここから2年間は何となく日々を過ごしていくことになります。

正直、大学では授業を真面目に受けていないことがほとんどでした。周りの環境に流されて。
ただ、直感的に「面白いな」って思った授業もありました。それが経営に関わる話。

特に興味を持ったのは、「組織」の話でした。

ある授業にゲストとして登場した、ダイヤモンドメディア社の社長、武井浩三さんが実践していたホラクラシー経営の話が印象に残っています。

ホラクラシー組織とは、かなり簡単に言うと、リーダーの存在しない水平型の組織です。
これを知った時に、「こんな働き方もあるんだ!」と衝撃を受けました。

それを機に、

「現代の状況に合った働き方があるのではないか」

と考えるようになります。そして、それはこのまま就職を迎えることへの不安を増幅させます。

 

周りばかり見て、自分と向き合っていなかったことに気づく。音楽フェス企画・運営の経験

大学2年生の春休み。何となくモヤモヤを抱えながらも、行動に起こすことなく過ごしていました。

そんなある日、大学の先輩が運営に関わっていたキャリア支援団体のイベントへ参加することに。
イベント当日。登壇した学生、そして他の運営チームの学生の話を聞き、ただただ驚きました。

各々が自分の将来をしっかりと見据えている。ぼくも未来にもっと希望を持ちたい。

その学生さんたちは口々に「自分をもっとよく知ることだ」と言うのです。
ぼくはモヤモヤを抱えながらも、情報収集ばかりで、自分と向き合っていなかったことに気づきました。

「自分はどういう人間なのか。」
「どんな人生を送りたいのか。」

とにかくそれを考え続け、導き出したのは、「音楽を通じて人々をつなげる」活動でした。

アーティストの活躍の場を増やす。アーティストと異分野の人たちをつなぎ、多様性を発揮できる環境を作る。
こうした目標を持ち、大学3年から色んな人に会いに行きました。

それを語る中で出会ったのが、Ozone合同会社。ぼくはここでインターンをすることに。
ここは、教育とエンターテインメントを融合した音楽フェスを行うなど、フェスの企画・運営を主に行っている企業です。

畑でフェスをしたり。

畑×音楽!?マッドランドフェスに参加してきました

2017.07.10

ヘッドホンで体験の簡易化を可能にした、サイレントフェスとか。

サンシャイン60展望台で行われた、無音の音楽フェス「サイレントスカイフェス」

2017.11.25

こうしたフェスの企画や運営に関わることになります。

 

音楽フェスと並行して、村づくりに興味を持つ

Ozone合同会社にて音楽フェスを続ける中で、コミュニティの可能性に強く興味を持ち始めます。

Ozoneの代表と交流があるエコビレッジ「サイハテ」など、従来の生き方に縛られないコミュニティと出会ったことで、よりリアルで継続的な場所づくりに興味を持つようになったのでした。

「お好きにどうぞ」の村、サイハテを訪れて感じた、新しいコミュニティの形

2017.11.13

どうやら、ぼくが特に重要視していたのは、「音楽」というよりも「人をつなぎ、コミュニケーションや創造活動のきっかけを作ること」だったようだと気づき始めます。

ぼくが学生村をつくる理由

2017.08.16

そして、村づくりに向けた活動を開始したのですが、実績の少ない学生には中々困難。土地探しや、協力者をまとめることなど、様々な課題に悩まされることに。

結果的に、計画は一時中止。協力してくれた方には本当に申し訳なかったです。

自分はそこで、またしても自分のことを全然見ていなかったことに気づいたのでした。

「こんな世界を作りたい!」という外側ばかりを見て、「そこで自分はどうしたいのか。どう生きたいのか」を全く考えていなかったんですね。
音楽フェスも、村づくりも、根底には「つながりを作りたい」という思いがありました。ですが、本当にそれは自分ならではの手段なんだろうか?

「村づくり大学生」という肩書を一度捨てることにしました。

2017.12.01

当たり前すぎて気づかなかった「書くこと」と向き合う

 

自分は、これからどういった人生を送りたいんだろう。改めて自分に問いかけてみました。
そして、「場所、時間、人間関係に縛られない生き方をしたい」。そう思ったんです。

この生き方を実現する方法。そして、「つながりを生み出す」方法。そして、得意でストレスなく出来ること。

そのヒントは、案外すぐ近くに転がっていて。
それは、「書くこと」でした。

 

色んな活動に挑戦しながらも、ずっと続けていたのが「書くこと」だった。

小さいときから、表彰されたり、褒められたりした経験があるのが「書くこと」だった。

色んな人に認められたものが「書くこと」だった。

理由は上手く言えないけど、とにかく好きなことが「書くこと」だった。

 

自分にとって当たり前過ぎて、気づけなかったもの。でも大好きなもの。それが「書くこと」だった。

こうしてぼくは、インタビューライターを名乗ることにしました。

取材を通して人とつながり、人をつなぐ生き方に挑戦する

2018.02.01

取材して、発信する。取材を通してぼくはインタビュイーとつながります。そして、取材記事を読んだ人と、インタビュイーのつながりのきっかけを作ることにもなる。

また、行動して色んな人とつながったことで、自分の人生は面白く回り始めました。だからこそ、悩んでいる人に、行動するきっかけを与えたいのです。

様々な生き方のリアルを伝えることで、選択肢を広げたい。一歩踏み出すきっかけを与えたい。

 

ぼくは、人と人をつなぐプラットフォームになりたいのだと思います。自分を通じて、様々な出会いが生まれたり、面白い試みが始まったり。そういう世界を見ていたい。それはやがて、リアルなコミュニティになっていくかもしれないし、ならないかもしれない。

 

以上、これまでのぼくの活動、そしてこれからに向けた想いをお話ししました。

だいぶ遠回りをしましたが、結構しっくり来てます。また変わるかもしれませんが(笑)でもそれで良いんだと思います。

ここまでお読み頂きありがとうございました。今後ともやまりょうをよろしくお願いします。