「学生」だからこそ考えたい、揺るぎないアイデンティティの話

どうも、やまりょうです。

軽く自己紹介させてください。ぼくは現在大学を休学して、ライターやブログなどの「書く」活動と、フェス企画などの「音楽」にまつわる活動をしています。

そうした活動の中で、色んな人に会って話を聞いたり、自分の話をしたりすると、結構な確率で言われる言葉があります。

「学生なのに色々やっててすごいね!」

今、ぼくは学生という肩書きに守られている

「学生なのに○○だね!」

こうした言葉をもらうたびに、ぼくの中に湧いてくるのはどこか複雑な気持ち。
いわゆる「学生ブランド」みたいなものに守られている自分を実感するのです。

「学生」という肩書きは本当に強いです。
貴重なイベントに格安や無料で参加できたり。
学生だからという理由で、興味を持ってくれて、ぼくの話に耳を傾けてくれる人たちがいたり。

これは非常に有難いことで、それと同時に、「自分がもし学生じゃなかったら?」ということを考えてしまったりしたんですよね。

学生かどうかに左右されない、明確なアイデンティティを

いつまでも「学生」でいるわけではない。
当たり前のことなんですが、3年生を迎えたタイミングで、得体の知れない恐怖を感じたことを今でも覚えています。

このまま漠然と「就職」に向き合ったときに自分はどうなってしまうのか。
そうした恐怖から、ぼくは休学という選択を取りました。

ですが、実際大学からしばらく離れても、「学生」という肩書きは有効。
これにはすごく助けられている部分が多いのですが、その一方で「学生」というワードに頼りすぎている自分がいることに悩んだりもしました。

以前の記事で「掛け合わせる」ことで独自のポジションを獲得することが、個性を出していくうえで有効であるという話をしたんですけど。

得意なことを仕事にする。そのために必要な考え方と戦略について。

2017.12.10

自分にとって「学生」という立場が、掛け合わせる一要素になっていることは少なからずあります。
例えばライターの活動であれば「学生ライター」として活動することで、普通にライターとして活動するよりも希少価値は上がる。

問題は、「学生」という肩書はいつか確実に自分のもとを離れるということ。
そうなったときに、どう生き残っていくかを休学中につかみたいと思っています。

そうはいっても、使える物は使い倒す。「学生」であるうちに

先ほどから述べているように、いつか「学生」でなくなる時がやってきます。

だからこそ今は「使える時に使い倒してやろう!」という考えに至りました。

学生であるからこそ受けられる様々な恩恵。
使えるものはどんどん使って、自分の成長の糧にしてやろうと思っています。

そして「学生」が薄れるぐらいの、確かな実績を手に入れるつもりです。

いわば、学生時代はボーナスタイム。
この時間を使わない手はないと思いませんか。

と言ってこちらに誘ってみる(笑)一緒に面白いことに挑戦できる仲間がもっと欲しいなーというさりげないアピールでした。

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やまりょう

1996年12月6日生まれ。本名は山口遼大(ヤマグチリョウタ)。 埼玉大学経済学部に所属する大学3年生で、2017年10月~2018年10月まで休学中。 “新しい時代の生き方を考える”をテーマとした個人ブログ「Ad-Libi」を運営し、「好きを仕事にする」ことに対するハードルを下げるための情報を発信。起業家やフリーランスのリアルに迫る取材活動を行う。また、ライターとして外部メディアでの記事執筆も担当している。

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